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■邪馬台国はどこですか?

昨日の夕方、ニュースを見ていると、桜井市の纒向(まきむく)遺跡でなにやらが発掘された様子

以下、読売ONLINEより引用

邪馬台国畿内説で最有力地とされる奈良県桜井市の纒向(まきむく)遺跡で、女王・卑弥呼が活躍した時代とされる3世紀前半~中頃の大型建物跡が初めて出土し、市教委が10日、発表した。南北19・2メートルと当時では国内最大の規模で、市教委は「大王の宮などの原型とみられ、日本の国家形成過程を探るうえで貴重な発見」としている。「ここが邪馬台国の中心で、大型建物は卑弥呼の宮殿だった可能性がある」とする研究者もいる。




おおー!!!



と喜びに沸き立つsnowwhiteと旦那
やっぱり奈良の人間として、「邪馬台国は畿内、それもズバリ奈良=纒向よね!」という単純な発想になるのだ


え、根拠?


根拠はありませぬ・・・
感情的に邪馬台国は奈良にあったのだ!という甚だ心もとない理屈ですが・・・
ちなみに女王卑弥呼(生年不明~248年ごろ)が活躍した時期と今回の遺跡はピッタリと重なる様子♪

今回、発掘された場所を地図で見ているとJR巻向駅のすぐ横

ということは女王卑弥呼の墓とされる箸墓古墳が近所にあるし、その周辺は山辺の道に沿って古墳だらけ
近くには古来より神の山とされている三輪山もあるし、歴史がワンサカと味わえる場所です

あ、整備はそんなにされていないし、遺跡とかポツン、ポツンとあるだけで基本、のどかな田舎町があるだけですが、その野暮ったさというか、素朴さがこのあたりの魅力~

久しぶりに山辺の道を歩きたいな~
旦那と行こう、行こうと言いながら、一向に実行しておりませんが・・・


さてさて、『邪馬台国はどこですか?』というそのものズバリの本もあります

邪馬台国はどこですか?

結構、面白く読めました
バーテンダー、フリージャーナリスト、考古学者などが歴史の謎を解き明かしていくストーリー
基本的には歴史の常識を覆す「ありえない」論理が展開されますが、それが妙に説得力があって、「あ、そうなんだ~」と素直に頷いてしまうsnowwhiteがいます(汗)単純ですね・・・
個人的には美貌の考古学者、早乙女静香さんにゴロニャン
彼女の際立った毒舌を聞いているだけで、心が晴れ晴れ(?)こういう女になりたい・・・!と思うのだw
他、
「悟りを開いたのはいつですか?」
「聖徳太子はだれですか?」
「謀叛の動機はなんですか?」
「維新が起きたのはなぜですか?」
「奇蹟はどのようになされたのですか?」
などなど

この本で示された邪馬台国の位置は「?」にもなりますが、こうやって知的に邪馬台国の場所を論じることにロマンがあるんだろうな~と思います

今回の発掘で畿内説の諸先生方は検討の余地はあるが、「これでもうほぼ決定でしょう!」と鼻息が荒く
一方、九州説の方々は「まだまだ分かりませんよ~」という感じ
つくづく・・・




奈良でも金印が発掘されたらな~




と単純に思っていたのですが、発掘されても「それは九州から運ばれた」と学説的に論破される可能性も高い様子
とほほ
この論争、snowwhiteが生きている間に決着をつけてほしいな~と思っていますが、学者の先生方、それは可能ですか?


邪馬台国はどこにあったのか?
それはどこにあってもおかしくないし、今までの学説がひっくり返る可能性もまだまだある、と思う
考えるだけでロマンを感じるわ~

邪馬台国
毎日新聞 深読み日本史
邪馬台国論争・畿内説と九州説のそれぞれの意味

ブックオフオンライン

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この本、高校生の時に読みました~。読み物として面白かった♪
大学で歴史考古学を学んだので色々思うところはあるけれど、
邪馬台国論争に結論がついてしまうのは見たいようで見たくないかも。
日本の歴史上最大のロマンだからね~。楽しみがなくなるぅ(笑)。

snowwhiteさん こんにちは♪
私も卑弥呼のこと興味深いです^^
とても身近なので桜井市で決まりになるといいのですが^^
はるか昔ですが邪馬台国が巻向にあったなんてロマンを感じます♪

近く~

桜井ってだけで
なんだかすごくうれしいですよね!

歴史はあんまり好きではないですが
それだけで
興味が出てきそう・・・

☆コメントありがとうございます☆

■ウルさん
高校生でこの本を読んだ、ということはウルさん、相当、若いんですね~羨ましい
大学で歴史考古学とは!
是非、一度、じっくりと話し合いたいもんですw
邪馬台国論争はいつまでもロマンの存在であってほしいような、知りたいような・・・複雑ですね

■ひなころさん
奈良に住んでいる人間としてやはり桜井で決めてもらいたいものですよね♪
巻向はほんま何もあらへんところやけれど、そこにいるだけでロマンを感じさせてくれる場所
わたしの妄想の中ではかって卑弥呼はそこにいたことになっておりやんす

■てんちゃん
奈良に生まれ、育ち、歴史はほんまに好きになっちゃった
身近にあるとそれだけで関心の度合いが違ってきますよね~
桜井に決まったらいいな~

訂正

「若い」と言われて計算しなおしたら、詠んだのは19歳の時でした(汗)
大学に入る前に読んだような気がして…。スミマセン!!

畿内説

ご無沙汰しています<m(__)m>

特別に考古学ファンというわけではありませんが・・・。
以前は邪馬台国は九州宮崎だろうと思っていました。
吉野ヶ里遺跡が出てきて尚更その想いは強くなっていました。
しかし今は畿内、奈良県内、巻向で間違いないと思うようになってきました!

魏志倭人伝には辻褄が合わないところがたくさんあります。

でも巻向遺跡から金印が出ない限り決定打にはならないかな~。

大和の大国・・・邪馬台国   く・くるしい・・・。

☆コメントありがとうございます☆

■ウルさん
それでも若いですよ!
この本は面白かったですよね~

■peechanさん
お久しぶりです

>大和の大国・・・邪馬台国   く・くるしい・・・。

あはは、そうだったらいいんですが
なんでもいいからとにかく金印が欲しいですよね
吉野ヶ里遺跡は邪馬台国の時期とちょっとずれるみたいで、今では違うだろう、というのが定説みたいですよね
奈良、巻向に卑弥呼が住んでいたことを信じてやみません

No title

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